中曽根康隆(なかそね やすたか)議員は、自民党所属の衆議院議員で、群馬県第1区選出の3期目政治家です¹。1982年1月19日生まれ(2025年10月時点で43歳)で、祖父は元首相の中曽根康弘氏、父は元外相の中曽根弘文参院議員という政治名門の家系に育ちました²。
慶應義塾大学法学部を卒業後、米コロンビア大学大学院で国際関係学修士号を取得し、JPモルガン証券に勤務した経歴を持ちます³。2013年から父・弘文氏の秘書として政治修業を積み、2017年の第48回総選挙で初当選(比例北関東ブロック)して政界入りしました⁴。当時、群馬1区の公認を巡っては党内調整が難航し、公認争いで一時漏れたため比例単独での立候補となりましたが、見事に議席を得ています⁵。
その後、2021年の第49回総選挙で念願の群馬1区公認を獲得して小選挙区で再選され、2024年10月の第50回総選挙でも同区から3選を果たしました⁶。在職中には防衛大臣政務官兼内閣府政務官(第2次岸田内閣、2021年11月~2022年8月)に就任し、防衛・安全保障分野の行政に携わったほか⁷、党青年局長代理や安全保障委員会理事など要職を歴任しました⁸。
2024年11月には自民党青年局長に抜擢され、党の若手組織を率いています⁹。本報告では、2015年から2025年7月までの10年間にわたる中曽根議員の政治活動を、選挙公約から立法活動、国会発言、党内活動、政治資金、情報発信に至るまで網羅的に分析し、その軌跡と成果を明らかにします。
中曽根康隆議員は直近の第50回衆議院選挙(2024年10月)で掲げた公約において、「信頼なくして政策なし」をスローガンの一つとしました¹⁰。これは当時相次いだ政治とカネの不祥事で失われた有権者の信頼を回復する決意を示すもので、「自民党および政治の失った信頼を取り戻すため、党として解体的出直しが必要」とまで訴えています¹¹。
具体的な政策の柱としては、大きく"9つの政策"を掲げ、その筆頭に「三つの安全保障」すなわち「国家安全保障・エネルギー安全保障・食料安全保障」の強化を据えました¹⁰。中曽根氏は日本の安全保障全般について、他国への過度な依存を減らし「有事に備えた自立国家」を目指すべきだと強調しています¹²。
例えばエネルギーや食料の自給体制を強め、自由貿易体制が機能不全に陥った場合でも国民の暮らしを守れるようにする戦略が必要だという主張です¹⁰。こうした主張は「日本を守る。成長を力に。」というキャッチフレーズにも表れており、国家の独立性と経済成長を両立させる姿勢がうかがえます。
公約のもう一つの大きな柱は経済・地域活性化策です。地元群馬の中小企業や家族経営の農家の厳しい現状を踏まえ、地域経済の底上げと経営支援を訴えました。実際、中曽根氏は「都市部と地方、大企業と中小企業では置かれた状況が全く違う」と指摘し、地方の小規模事業者への支援策充実を公約に盛り込んでいます¹³。
農業分野でも「家族農家が営農継続の危機にある」として、生産コスト高騰や気候変動に直面する農家への支援強化と、食料安全保障の観点からの農政を提案しました¹³。
さらに少子化対策として「こどもまんなか社会」の実現にも言及し、児童手当の拡充や子育て支援策の強化もマニフェストの重要項目でした(実際、児童手当の支給拡大は2024年10月に施行されています)。加えて、自ら青年局長代理を務めた経験から若者政策にも注力し、若者の政治参加や教育の充実、さらには選択的夫婦別姓の検討など家族法制の議論にも前向きな姿勢を示していました。
ただし日本テレビの候補者アンケートでは夫婦別姓に「反対」寄りの回答でしたが¹⁴、同性婚の法制化については明確な賛否を避け「どちらとも言えない」とするなど¹⁴、社会問題に慎重な側面も見られました。
中曽根氏の公約文書で特に頻出したキーワード上位には、「安全保障」「エネルギー」「食料」といった語が並びました。これらは彼の政策の重点領域を端的に物語っています。実際、公約発表後のインタビューでも「国家・エネルギー・食料の3つの安全保障なくして日本の未来はない」と述べており、その危機意識の強さがうかがえます。